2017年01月02日

【読了39】やさしい日本語

このタイトル、読まないわけにはいきませぬ。




本書でまずおさえておきたいのは、<やさしい日本語>は「多文化共生社会」の形成に資する一つの“道具”であり、それ以上でもそれ以下でもないということ。なので、ここで「やさしい日本語より、多言語化のほうが必要なのではないか」とか、「“ちゃんとした日本語”を教えるべきではないか」という問題提起はノーセンキュー。それはまた別のところで検討しましょう。

では、筆者の考える「多文化共生社会」とはどういう世界なのか。
直接的な定義は見られないけど、「(移民の受け入れに際しては)その人が、日本社会の中に、日本社会の一員としての「居場所」を見出すことができ、その人が努力すれば、日本人と対等な立場で競争できる基盤が日本社会の中に用意されている、ということでなければならない(p.10)」という部分がそれに当たるかな。

加えて、移民・外国人に限らず、日本人の中にも政治や民族、思想信条などさまざまな“マイノリティー”がいて、それらすべてにおいて諸問題を検討する必要があるとし、本書ではそのうちの「言語的マイノリティー」について考えて行く、とある。

こうした“前提”となる部分は本来、一言一句を吟味することが大事だと思うけど、それはこの読書メモの趣旨ではないので割愛。中身のほうに入ります。

最初に「あ、これ大事だな」と思ったのは、やさしい日本語より英語のほうが通じるんじゃない?と思う人への示唆が書かれていたこと。

引用されてた論文(*1)だと、英語の使用場面は「非母語話者同士」が最大で74%、「母語話者同士」は4%に過ぎないらしい。ふと思い出したNHKの調査(*2)でも、対象者の多くが英語より、母国語よりも、やさしい日本語での情報提供を増やしてほしいという人が多い。ただ、わずかなサンプル調査だけで一般化するのと拙速になるので慎重に。一つ言えるのは、外国語に翻訳するにしても、「やさしい○○語」にしたほうが、非母語話者による媒介語使用やダブルリミテッドの人たちにとっても、やさしいに違いないとは思います。

もう一つ大事なのは、<やさしい日本語>は公的な社会保障としての初期日本語教育に使える、という主張。

これについては文法的な容易さに限らず、いろんな観点からの議論が大事だってことは言うまでもないけど、やさしい日本語を実践・研究する先に、それぞれが何を見据えているのかはとっても大事。

お仕事で、やさしい日本語の研修依頼を受けることは多いけど、そのほとんど(いや、すべて?)が、「それを勉強して、それからどこにたどり着きたいのか?」というゴールを設定していらっしゃらない。それだと「勉強になりました。おもしろかったです」で、以上おわり。中には意識的に明日からの業務を改善していく人もいるでしょうけど、やっぱり“社会”は変わらない。

・・・あ、話が逸れてしまった。閑話休題。


それで、肝心の<やさしい日本語>の言い換え・書き換えについては?

と思われた方、ごめんなさい。

日本語文法の専門家の解説にどうこういうほどの知見を僕は持ち合わせていないので、「なるほどねぇ〜」としか言えません。強いて言うなら、その解説が難解なので、もっと易しく説明いただけると嬉しかったなと。

さいごに、詳細はあえて書かないけど、本書には残念に思う表記や解説、また僕の考えとは異なる価値観がいくつかみられます。それは本書のサブタイトルを考える上では看過できないんだけど、タイトルに限定した場合には直接支障をきたすほどでもないので、それをここで指摘・批判するのはやめておきます。ぜひ本書をご一読いただき、「あ、この部分かな?」という点を見つけたらご連絡くださいませ(いや、別に連絡しなくてもいいんですけど)。

本書の帯に書かれてある「易しさと優しさをもつ日本語で、これからの日本社会に必要な共通言語をつくる」というのには大いに賛成です。そこには微力ながら貢献していきたいと思います。


*1 Nerrière, Jean-Paul and David Hon(2009)Globish: The World Over. International Globish Institue.

*2 米倉律(2013)「災害時における在日外国人のメディア利用と情報行動〜4国籍の外国人を対象とした電話アンケートの結果から〜」『NHK放送文化研究所年報2013』pp.200-213


おまけ
本書では、やさしい日本語を< >で挟んでいる。→ <やさしい日本語>
弘前大学(の研究の流れを組む)場合は、やさしい日本語を「 」で挟む。→ 「やさしい日本語」
NHKの論文では、“ ”で挟んである。→ “やさしい日本語”
とくに、どこのものかを定義しない場合は、前後に何もつけないのが一般的かな。

やさしい日本語も過渡期なんだろうね。
いずれ、統一されるんだろうか。
posted by 土井佳彦(Yoshihiko DOI) at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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