2017年07月09日

【読了46】ジニのパズル

少し前にSNSか何かで、「日本には移民に関する(移民による?)文学が少ない」というの読んで、そこで稀有な例として紹介されてた一つが本書。

けっこー揺れるし電波が途切れ途切れでPC仕事ができない名古屋〜甲府間の特急の中で一気に読んだ。




最初は苦手なタイプな言い回しがちょっと読みづらくて、なんの話だろうなぁと戸惑いながらページをめくる。

しばらくして、主人公ジニの回想シーン(本書の根幹)に入って一気にのめり込んだ。

小学校を「日本の学校」で過ごし、中学から朝鮮学校に「進学」したジニ。
そこでの出来事は個人的にかなりショッキングで、フィクションとは思えなかった。

拉致事件前後のよく聞いた話ではあるけれど、『緑と赤』を読んだ時とはまたちがう感覚。

同胞に、祖国に向けざるを得なかった刃が、彼女を含めた世界のすべてに突き刺さる。

少女の葛藤が爆発した、いや大人が、社会が爆発させたことへの罪深さが胸を締め付ける。


ー朝鮮学校は、リスクを抱えても通いたい者のための学校だったのでしょうか。

(中略)学校に通うリスクって一体なんなのでしょうか。

ー絶対に駄目だ。

絶対にこれが、日常であってはならい。


こんなことを13歳の子に言わせる社会って。


ーどうしてこんなにも苦しい。

(中略)どうせ国境なんか誰かの落書きだろう。

その落書きのせいで、どうしてこんな目に遭わなきゃならない。

どうして。



グローバリゼーションや多文化共生を進める目的は、ネットを通じて世界中の情報が飛び交うだけでも、人や物の移動が自由になるだけでもなく、こんな思いをする人が一人もいなくなることだ。

作者が、「ジニは最後には救われないといけないと思った。彼女を受け入れてくれる人と出会ってほしかった。」という気持ちに共感した。


ジニが天国のハラボジに送った手紙の一文を自分に宛てて、どんな努力をすべきか考えていこう。


ー天国のハラボジへ

もし、目の前で、子供たちが辛い思いをしているのだとしたら。

もし、大人たちが持っているプライドを少し捨てることで沢山のことを解決できたとしたら。

そうすることで少しでも子供たちの未来が明るい方向へ向かうとしたら。

大人は子供の為に努力するべきなのではないだろうか。
posted by 土井佳彦(Yoshihiko DOI) at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック